『バック・アロウ』感想・レビュー|「信念」だけですべてを説明しきってしまう力業に驚く

バック・アロウ
スタジオヴォルン 2021
監督:谷口悟朗
原作:富野由悠季
シリーズ構成・脚本:中嶋かずき
キャラクター原案:大高忍
キャラクターデザイン・総作画監督:菅野利之
音楽:田中公平
キャスト:梶裕貴・洲崎綾・小澤亜李・杉田智和・小清水亜美

バック・アロウ』は2021年1月から6月までTOKYO MX他で放送された、スタジオヴォルン制作のオリジナルアニメです。

この作品に注目したのは、

  • 監督が『プラネテス』や『コードギアス 反逆のルルーシュ』の谷口悟朗
  • 脚本が『天元突破グレンラガン』の中島かずき

というところでした。

大きな期待を抱いて見始めたのですが、結論から言うと、過去の谷口監督作品で受けたような衝撃はありませんでした。。

ストーリーに独特なものを感じはしたのですが、設定にベタな少年漫画を思わせるところがあり、そこが自分にはしっくり来ませんでした。

まったく見どころがなかったのかというと、そんなこともなかったんですけどね。

本記事では、そのあたりも含めて紹介していこうと思います。

『バック・アロウ』概要

バック・アロウ』の舞台は、四方を壁に囲まれた架空の世界リンガリンドです。

リンガリンドでは「空から時々、ラクホウという巨大なカプセルが降ってくる」という奇妙な現象が常態化しており、人々はそれを「世界壁からの贈り物」などと言ってありがたがっていました。

ラクホウの中に入っているものは、普通は「物」です。

といっても、ただの物ではなくリンガリンドの技術レベルを超えた貴重なものであり、だからこそ人々はありがたがっているわけですが、物語冒頭で辺境の村エッジャに降ってきたラクホウは違いました。

中に、全裸の青年が入っていたのです。

この青年が、本作の主人公バック・アロウです。

ただ、ラクホウの中から出てきたアロウは記憶を失っていて、覚えているのは自分が壁の外からやってきた人間である、ということだけでした。

リンガリンドの人間の常識では、壁の外に世界など存在しないはずです。

ところがアロウは、自分は間違いなく壁の外からやってきたと言い張るのですね。そうして、「自分は壁の外に戻らなければならない」とまで言い始めます。

エッジャ村の人たちからは、まったく賛同は得られないアロウ。

そんなときに出会うのが、リンガリンドの二大国の一つ、レッカ凱帝国の高官シュウ・ビでした。

優れた頭脳を持つシユウはアロウに並々ならぬ興味を抱いており、壁に向かうという彼に協力を申し出ます。

そうしてアロウは、仲間たちとともに壁の外を目指すことになるのです。

バインドアッパーとブライハイト

バック・アロウ』を語る上で欠かせない要素が、バインドワッパーブライハイトです。

バインドワッパーは本作独特の装置で、形状は二の腕にはめるシルバーのバングルです。しかしながら単なるアクセサリーというわけではなく、装着者の信念を実体化させるという効果を備えているのですね。

実体化した信念は、大抵の場合巨大なパワードスーツのような形となり、バインドワッパーの装着者がそのまま身にまとうことになります。

このパワードスーツ化した信念のことを、本作ではブライハイトと呼んでいます。

ブライハイトを身にまとうことで装着者は高い戦闘能力を得ることができます。このため、本作でのバトルは主にこのブライハイトをまとったもの同士で行われます。

ブライハイトは、厳密にはロボットとは呼べないと思います。

ただ、バトルシーンはロボットバトルそのものになっています。

『バック・アロウ』がしっくりこなかった理由

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冒頭でも紹介した通り、『バック・アロウ』は私個人としてはあまりしっくりこない作品でした。

そうなってしまった一因は、「ベタな少年漫画を思わせる設定」にあったように思います。

ベタで、かつ対象年齢が低めの少年漫画」と言った方が正しいかもしれません。

とにかくこの部分が、私には合いませんでした。

「凱帝国」に「卿和国」、「合愁国」

本作で真っ先に引っかかったのが、「国の名前」です。

バック・アロウ』にはいくつかの国が登場するのですが、中でも序盤から登場する

  • レッカ凱帝国
  • リュート卿和国
  • イキ合愁国

という国名には、なかなかのインパクトがありました。

「帝国」「共和国」「合衆国」ではないんですよね。

この既存の単語に一文字追加したり、表記を一文字変えてみたりという変化は、やや安易にも感じられて興を削がれます。

そもそも「凱帝」や「合愁」という単語からして、よく意味がわからないですからね。

これらの造語に何らかの意味や理由が付与されていたとしたら、そしてそれについての説明があったとしたら、あるいは印象が違っていたかもしれません。

でも、それはありませんでした。

それなら妙なひねりを加えるのではなく、素直に「レッカ帝国」「イキ合衆国」でよかったんじゃないかと思います。

もっとも、その場合「リュート卿和国」だけは「リュート共和国」というわけにはいかないんですね。

リュートは君主制もしくは貴族政を採用している様子でしたから、前二つと同じにするなら、「リュート王国」などになるんじゃないかと思います。

でもこれだと、もはや「卿和国」と「共和国」の音を同じにした意味すらなくなってしまい、ますます意味不明な状況になってしまいそうです。

「神は細部に宿る」

国の名前がそんなに重要か、と言われたら、そんなことはないです。

些末な問題と言っていいでしょう。

しかし、その些細なところが本作のように「架空の世界」を作り出すときには大事になるのではないかと思うんですよね。

「神は細部に宿る」という言葉もあるように、そういうちょっとしたところで、作品に入り込めない人が出てきてしまうというのは、あるのではないかと思います。

少なくとも私にとっては、このちょっとだけ変わった国名が、本作から受ける「しっくりこない」印象の一因になってしまっていました。

「ご都合主義」を感じる展開

しっくりこなかった部分のもう一つに、物語の展開にご都合主義を感じたという点もあります。

わかりやすいのは、中盤で起こるリュートの動乱です。

この動乱において、リュートの大衆による権力者への盛大な手のひら返しが炸裂します。

これが非常に軽い。

手のひら返しの理由は、権力者の意外な一面を見せられたから、というものなのですが、その権力者というのは大衆が熱烈に支持していた相手でもあるんですよね。

もちろん、その一事だけで評価を覆してしまう人もいるでしょう。

一方で、その「意外な一面」をそのまま受け取らず、背景や事情を考えたり、疑ってみようとする人だっているはずです。

でも実際には、そうした多様性とか賢さみたいなものを無視して、大衆は与えられたものをそのまま鵜吞みする存在として描いてしまっている。

物語の展開を考えると、そうであってくれた方が都合がいいのはわかります。

でもそうしたご都合主義が透けて見えてしまっては、見ている側としては冷めますし、白々しさも感じてしまいました。

もっとも、アニメではこうした展開はありがちでもあり、作品によってはそれが気にならないこともあります。

バック・アロウ』の場合、最初の国名で引っかかってしまったことが、この部分にうまく乗っかれない要因になっていたのかもしれません。

『バック・アロウ』の見どころ1:「力業」を見せつけられる作品

過去の谷口悟朗監督作品と比較してそれほど優れた印象は受けなかった『バック・アロウ』ですが、見どころがまったくなかったわけではありません。

その一つが、「力業」を見せつけられるという点です。

バック・アロウ』のテーマは、「信念」です。

そしてこの信念だけで、すべてを説明しています。

精神面だけではありません。技術的な部分もそうです。

正確には信念だけでなく、それが大きく作用する「信念子」というナノマシンでの説明も含まれているのですが、ブライハイトの原理を筆頭に、物語の中で起こる現象のほとんどすべてを信念と信念子で説明するという力業を見せてくれます。

ここまでテーマを前面に押し出してくる作品は、珍しいと思います。

しかし一方で、これが強引なやり口かというと、必ずしもそうとは言えないのが『バック・アロウ』という作品です。

というのも、『バック・アロウ』の世界の成り立ちには、信念と信念子が深くかかわっているからです。

これについては、作品の最終盤で明らかにされます。最後の最後で驚くような真実も明らかになるので、気になった方はぜひご自身の目で確かめてみてください。

中盤から終盤のバトルシーン

もう一つの「力業」は、中盤から終盤にかけてのバトルシーンです。

設定が「少年漫画的」な本作ですが、中盤以降にかけてのバトルシーンにもその傾向はありました。

特に、変形と合体が派手です。

ここもネタバレになってしまうので詳しくは紹介しませんが、ちょっとやり過ぎではないか、と思わされるような部分がいくつもありました。

ただ、勢いがあって楽しい部分にはなっています。思わず笑ってしまうような場面もありました。

『バック・アロウ』の見どころ2:シユウ・ビと凱帝ゼツが印象的

バック・アロウ』のもう一つの見どころは、キャラクターです。

特に主人公バック・アロウの盟友であり、実質的に物語を動かしていたシュウ・ビと、レッカ凱帝国の凱帝ゼツ・ダイダンは印象的なでした。

シユウは、その高い知能に見合わない「軽さ」に特徴がありました。

『三国志』の諸葛亮のような格好をしているのですが、見た目と違って言動は軽く、言葉にもまったく重みがありません。

組織よりも自分の興味が優先で、悪く言えば「節操がない」ということになりますが、『バック・アロウ』という作品そのものが彼によって動かされているという側面もあり、独特の存在感を放っていました。

東方不敗を思わせる凱帝ゼツ

インパクトでは、シユウよりもレッカ凱帝国の凱帝ゼツ・ダイダンの方が強かったと思います。

ネタバレになってしまうので詳しい説明は避けますが、ひと言で言うと彼は『機動武闘伝Gガンダム』の東方不敗でした。

本作で最も印象的、かつ魅力的なキャラクターがゼツ・ダイダンだったかもしれません。

『バック・アロウ』まとめ

『バック・アロウ』は、テーマである「信念」を徹頭徹尾、貫いている作品でした。

精神的な部分に留まらず、信念子という設定を盛り込んで、技術的な説明まで「信念」でやってのけたところにおもしろさがあるように思いました。

中盤以降に「力業」も感じますが、「無理がある」とか「強引すぎる」とかいうネガティブな印象はなかったですね。むしろ笑ってしまうくらいの、勢いと力強さがあって良かったと思います。

作品の大きな魅力になっていました。

細かい部分でしっくりこないところもあるのですが、それが気にならなければ、楽しめる作品だったとは思います。

気になった方は、各種配信サービスでチェックしてみてください。

dアニメストア等のお試し期間を利用すれば、無料で視聴することもできると思います。

タイトル『バック・アロウ』
放送2021年1月9日 -2021年6月19日
放送局TOKYO MXほか
話数全24話
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この記事を書いた人

アニメとサッカーを見るのが好き。
累計視聴数は400本を超えていて、今も増え続けています。

作品を見て、感じたこと、考えたことを書いています。