『わたしの幸せな結婚』感想・レビュー|シンプル、でもそれが良い

わたしの幸せな結婚
キネマシトラス 2023
監督:久保田雄大
原作:顎木あくみ
シリーズ構成:佐藤亜美・大西雄仁・豊田百香
音楽:Evan call
キャラクターデザイン:安田祥子
キャスト:上田麗奈・石川界人・桑島法子・佐倉綾音・西山宏太朗
OPテーマ:
 「貴方の側に。」りりあ。
EDテーマ:
  「ヰタ・フィロソフィカ」 伊東歌詞太郎

2023年夏アニメの中では、好評を得ていた作品だったんじゃないかと思います。それを受けて、なのかどうかは知りませんが、最終話の放送後に二期の制作も発表されてましたね。

個人的にも好印象だったのですが、Twitter(現在のX)に投稿されている感想なんかを眺めていると、

「前半はおもしろかったけど、後半はそうでもなかった」

という人もちらほらいたように見受けられました。後半というのは、素敵な下衆ぶりを見せてくれた斎森と辰石の方々が、あらかた退場してしまった後ですね。

これもまあ、わからなくもないです。確かに、感情の持っていきどころがわかりやすかった前半と比べて、後半はいまいち焦点が絞り切れていないようなところがありましたからね。

ただ、個人的にはこの後半もそんなに悪くなかったと思ってます。これはこれで、いいもの描いてました。

そのあたりも含めて、『わたしの幸せな結婚』を見て感じたこと・考えたことを書いてみようと思います。

きっかけは、ゆり江


実を言うと本作、最初はあまり期待してませんでした。何しろタイトルが『わたしの幸せな結婚』ですからね。

「結婚によって幸せを手に入れる女性像」は、現代でも有効だろうとは思います。内閣府が公表している少子化社会対策白書を見ても、「いずれ結婚するつもり」と答えた未婚者(18~34歳)の割合は、2015年の調査で男性85.7%、女性89.3%という極めて高い数字をたたき出しているのもその証拠になるでしょう。

ただ、それを前面に押し出した物語というのは、さすがに古風に過ぎるんじゃないかという気はしました。

それでも見ようと思ったきっかけは、ゆり江です。

ゆり江。久堂家で、使用人をしている老婦人ですね。

彼女に興味があったわけではありません。興味を引かれたのはゆり江を演じる役者の方で、これが桑島法子というところが重要でした。 年配役のイメージがまったくない役者でしたからね。公式サイトのキャストコメントにも「私がアニメのレギュラーで演じる最高齢の女性の役」と掲載されていたので、私が知らないだけ、というわけではなかったんだと思います。

年配役のイメージがまったくない桑島法子のやる、年配役。どんな感じになるんだろう?それが、『わたしの幸せな結婚』視聴の動機でした。

思っていたのと違ったゆり江

動機が動機なので、第1話などは完全にゆり江待ちでした。

なかなか出てこなかったですね。第1話は斎森美世の境遇と、斎森家に関係する話が中心でしたからね。まあ美世は主人公なのでそれも当たり前なんですが、待ちかねるあまり、終盤になってようやくゆり江が登場したときには思わず身を乗り出してしまいました。

ゆり江の第一印象は、イメージと違って明るいでした。年配の使用人というからには、それなりに落ち着いた性格の人物を想像していました。でも、違いましたね。第4話で、美世が久堂清霞へのプレゼントを相談されたときなんかもそうだったのですが、ゆり江は明るくて、見た目からはちょっと想像できないはしゃぎぶりを見せる人物でした。

これは意外でしたし、初めはちょっと違和感もありました。しかし一方で、こういう人物だから、役者が桑島法子になったのかとも思いましたね。ゆり江が一般にイメージされるような年配の女性と違っているからこそ、役者にも年配の女性を演じている印象のない人が求められたのかもしれません。

違和感も最初だけで、すぐに慣れました。そしてまた、このゆり江の明るさが作品にとって必要なものだというのも、話が進むにつれてわかってきました。

というのも、主人公の美世が最初はとにかく暗いからです。

彼女の気の毒過ぎる生い立ちを考えると、そうなってしまうのもやむなしとは思うのですが、思考がかなりネガティブ。自分にまったく自信がなく、か細い声は常に震えているような響きをはらんでいます。このあたりは美世役の上田麗奈のうまさもあるのですが、美世だけ見ているとみているこちらまで沈んだ気分になってきます。

美世の婚約者となる久堂清霞も容姿こそ端麗ですが、初めは冷たい印象を与える存在でした。

そんな初期の久堂家における重い空気の中で、救いとなっていたのがゆり江の明るさです。彼女の年齢にそぐわない、無邪気ささえ感じさせる言動が、画面を明るくしてくれているように感じました。

清霞と美世の橋渡し役にもなっていましたし、序盤のゆり江は特に重要な役割を果たしていたと思います。

初めに想像していたのとはちょっと違っていましたが、ゆり江はやはり注目に値するキャラクターではあったと思いましたね。

前半のシンプルなおもしろさ

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わたしの幸せな結婚』は、前後半2章に分かれた作品でした。

前半が「斎森家と辰石家当主の陰謀」で、後半が「薄刃家と美世」ですね。名称は私が勝手につけたもので、もちろん公式ではありません。

評判がいいのは、冒頭でも書いた通り前半の話です。こっちは確かにおもしろかったですね。

私が良かったと思った点は、次の2つでした。

  • 悪役がわかりやすく悪い
  • 久堂清霞がびっくりするくらい優しい

わかりやすく「悪」な斎森家の面々と辰石実

シンプルでストレートに感情を向けられる

わたしの幸せな結婚』を見始めて最初に感じたのは、美世が斎森家でとんでもない虐待を受けているということでした。

前妻の子どもで、斎森家で最も重視される「異能」を持っていないから、というのがその理由です。でもね、だからといって使用人扱いするというのは、やりすぎにもほどがあると思うんですよね。

香乃子は後妻ですから、心情的にはわからなくもないです。前妻の子どもが目障り、と感じることもあるでしょう。香乃子の娘である香耶が母の影響を受けてしまうのも、仕方がないところはあるのかもしれません。

でも当主である斎森真一にとって、美世は実の娘ですよね?

異能を持たないという、ただその一点だけを理由に使用人同然の扱いをするなんて、ちょっと信じられません。

美世の母・澄美との結婚が、薄刃の力を手に入れるための政略的なものに過ぎなかったとしてもですよ。血を分けた実の娘で、しかも実母には先立たれてるのですから、香乃子と香耶からかばうのが父親の役割でしょう。それを、一緒になって冷遇するなんて、どうかしてるとしか思えません。

一番悪いのは、どう考えても真一です。実父である真一が美世をしっかりかばっていれば、香乃子や香耶もそこまでひどい扱いはできなかったでしょう。しかしだからといって、香乃子や香耶の罪が許されるわけではありません。「心情的にはわからなくもない」と書きましたが、思うのと行動に移すのとではまったく次元の違う話ですからね。真一の態度に便乗した彼女たちも同罪です。

すなわち、斎森家の人々は全員が「悪」なのですね。それも、同情や共感の余地のないシンプルな「悪」です。

シンプルなだけに、見ている我々もストレートに感情を向けやすい。美世に感情移入しますから、彼らに向ける感情は当然「怒り」になります。

このシンプルで、ストレートに怒りの感情を向けられるところが、本作前半のおもしろさだったように思うんですよね。古典的ではありますけど。

美世の幸せを邪魔する辰石家当主

わたしの幸せな結婚』前半の悪役には、辰石実もいます。辰石家当主で、美世に流れる薄刃の血を狙っているおじさんですね。

彼と斎森家の面々との共通点は、美世の価値を「異能」だけで判断しようとしているところです。「異能」を持たないから役立たずと見下すし、「異能」の元になる薄刃の血だけを欲している。美世の人格や、その気持ちなど一ミリも考えていません。

彼らと対照的なのが久堂清霞で、清霞は美世の人格を見ており、「異能」には興味がない。

久堂家と辰石家、どちらに嫁ぐのが美世にとって幸せなのかは、火を見るよりも明らかです。それを半ば強引に、しかも徹頭徹尾自分の都合だけで、美世を清霞から引き離そうとするわけですから、辰石実もやはりわかりやすい「悪者」です。感情も向けやすい。

このように、悪役がはっきりと悪役であるところに『わたしの幸せな結婚』の前半のおもしろさがあったように思います。そして、同情の余地のない「悪者」だからこそ、清霞の逆鱗に触れた彼らが、圧倒的な力で成敗される姿は爽快でした。

「シンプルな勧善懲悪」と言ってしまえばそれまでなんですが、そのシンプルさが良かったのだと思います。

びっくりするほど優しい久堂清霞

もう一つ良かったのは、久堂清霞の優しさです。これは前半に限った話ではなく、作品を通してそうでしたね。

冷酷無慈悲な人間と噂されていた清霞ですが、実際は全然そんなことないんですよね。

第2話くらいまでは、「噂通りなのかな?」と思わせるところもありました。でも本当に、最初だけでしたね。

清霞の言動は、美世への思いやりに溢れています。美世があまり着物を持っていないと知れば、華やかな桜の着物を仕立ててあげますし、美世が虐待されていた事実を知れば、その心を癒すために色々と手を尽くしてくれます。第4話、子どもの頃に美世をかばってくれていた斎森家の元女中・花を探し出し、再会させてくれるエピソードなんかは、清霞の優しさが強く表れていました。

美世の異能に目もくれない清霞

同じ第4話で、美世が、自分に異能がないことを清霞に告白するところも良かったです。

異能を持たないことが知られたら、久堂家にいられなくなると考えている美世は、なかなかそれを言い出せないんですよね。それを知られた瞬間、今の幸せはすべて失われると思い込んでいる。

ただ実際には、清霞は美世の告白を待つまでもなく、彼女が異能を持たないことを知っています。知っていて、そんなことは気にも留めていないのですね。

ここがとてもいい。

斎森家における美世は、異能を持たないことで虐げられてきました。異能のない美世には、価値がないというわけですね。

しかし清霞は、そうではありません。彼は美世の異能ではなく、彼女の人格を見ている。そしてそこに、価値を見出しているんですよね。

自分に異能がないことを、清霞が既に知っていることを知りながら、それでもあえて自らの口から伝える、というのも良かったですね。曖昧にせず、しっかりと自分の口から伝えるというのは、清霞の優しさに応える、美世の誠実さのように思えました。

後半は物足りなかった?

前半と比べて、後半は物足りなかった。

冒頭にも書きましたが、そんな評価がTwitterでは散見されました。

そう感じてしまう要因の一つに、悪役の立ち振る舞いがあるんじゃないかと思います。

前半は、悪役がすごくわかりやすく描かれていました。同情の余地がなく、定型的と言っていいくらいの悪でしたし、成敗されたときにもすっきりした気分にしかなりませんでした。

後半は、ここのところが消化不良になってしまった感はあります。

途中までは、鶴木新がいい味出してたんですけどね。頭にあるのは自分のことだけで、美世の気持ちなんて少しも考えていない、というところに、斎森家の人々や辰石家前当主と同じ匂いを感じさせてくれてはいました。

彼がそのままの姿勢で突っ走ってくれていれば、あるいは前半のような魅力が出ていたのかもしれません。でも、そうはならなかったですね。新は最後まで、悪役に徹することができませんでした。

この、途中で折れてしまったところが、斎森家の人々や辰石家前当主・実との違いです。両者と比べると大分インパクトが落ちてしまいましたし、最後に倒されるのが彼じゃないというところも拍子抜けしました。このあたりは、本当の黒幕である帝の姿が、途中の段階からもっと見えていると違ったのかもしれません。

また、後半は清霞の仕事と美世の不調、二つの話が同時に進んでいましたが、それらが終盤に向けてうまく集束していないような印象も受けました。二つの話の関連性が薄く、散漫な感じを与えてしまったのも、首を傾げたくなる部分だったと思います。

良かったところ

ただ、では後半がまったくダメだったかというと、そんなこともないと思ってます。

清霞の優しさは、前半から変わっていませんでした。心変わりとかが発生したわけではないのですね。

ただ、清霞の優しさだけでは美世を救い切れない部分も出てきた。ここは前半との、大きな違いだったと思います。

互いが互いを思いやっているところに変わりはないのですが、それがすれ違ってしまっているところにもどかしさがありました。でも、清霞のやさしさ頼みでないところは良かったと思います。

そして、それ以上に私が後半最も良いと思ったのは、美世が清霞を救う形で、物語が終わったところです。

終盤に差し掛かった第10話で、新と薄刃家に美世を奪われてしまった清霞。ここから定番の「奪われたヒロインを取り戻すため、敵のアジトに乗り込む主人公」が始まるのかと思ったら、違っていました。

清霞が美世を救い出すのではなく、美世が清霞を救うのですね。これがとても良かったです。

美世が清霞に救い出される展開も、大正時代の日本がモデルであることを考慮すれば、決してNGではなかったと思います。その時代の男女観として、「女性はあくまで男に守られる存在だ」というのは不自然ではないでしょう。

しかし本作では逆でした。

これは、現代的な価値観の導入なんだろうと思います。そしてまた、そうした姿を見せることで、二人は初めて結婚相手として、対等な関係になったんじゃないかと思うんですよね。

どちらかがどちらを一方的に庇護するのではない。清霞は美世を守るし、美世もまた清霞を救うことができる。

そうした姿を見せてくれたのが後半だったように思うので、個人的には好印象でした。

タイトル

『わたしの幸せな結婚』

放送

2023年7月5日 – 9月20日

放送局

TOKYO-MXほか

話数

全12話

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この記事を書いた人

アニメとサッカーを見るのが好き。
累計視聴数は400本を超えていて、今も増え続けています。

作品を見て、感じたこと、考えたことを書いています。