彼女はいつも、昔の話ばかりしていた【キャプテン・アース】

「過去の作品との比較」というのを、ついしてしまうことがある。

同じ監督、同じ脚本家、同じ制作会社の作品、という場合などは特にそうだ。そのつもりがなくても、知らず知らずのうちに過去作と比べる目で見てしまっている。

キャプテン・アース』というアニメを見ているときも、それをやってしまっていた。2014年に放送されたこの作品は、その4年前に放送された『スタードライバー 輝きのタクト』と、監督、脚本、制作会社が同じ。さらにはロボットSF、かつオリジナルアニメというところまで一緒だったからである。こんなの「比べてくれ」と言っているようなものだ。

この手の比較で厄介なのは、対象となる過去の作品の評価が高いものだったり、自分が好きな作品だったりするケースである。過去作を聖典扱いして、「過去の作品と違う部分」=「その作品の悪い部分」みたいな見方を始めてしまうからだ。

『キャプテン・アース』のときは、まさにそれだった。『スタードライバー 輝きのタクト』(以下、『スタドラ』)が結構良かったこともあって、そちらとの違いがやたらと気になってしまったのである。

これは大変よろしくなかった。

そんな粗探しみたいなやり方をしていては、作品の本当の姿など見えてくるはずもない。『スタドラ』は『スタドラ』、『キャプテン・アース』は『キャプテン・アース』。類似点は多くても、別の作品だ。比較するのではなく、独立した個別の作品として見るべきだったと思っている。

一応断っておくと、いついかなるときも「過去の作品との比較はよろしくない」とは、僕は思ってはいない。

それをした方が良いときだって、もちろんある。「作家性」について考えるときなんかはそうだろう。個々の作品を独立したものとして見るだけでなく、比べながら見ることも必要になるはずだ。「過去との比較」自体は、善でも悪でもないのである。

少なくとも、アニメや映画の視聴においては。

ある派遣社員の思い出

そんなたわいもないことを考えながら『キャプテン・アース』のことを振り返っていたら、どういうわけかかつて僕の職場にやってきた、ある派遣社員の思い出がよみがえってきた。

彼女は、それ以前にいた別の派遣社員と交代でやって来た人だった。

僕はこれまで何人もの、派遣社員と一緒に仕事をしてきた。その中には良い人もいたし、頼りになる人もいた。もちろん変な人もいて、彼女はそのうちの一人だった。

彼女が強烈だったのは、「過去との比較」をやたらとしてくる、というところだった。

すなわち、何かにつけて「前の職場ではこうだった」を連発する人物だったのである。

「前の職場ではこうだった」

このフレーズが、転職や異動で新たな職場で働くことになったときにNGであることは、よく知られた話だ。ネットでちょこっと調べるだけで、「やめた方がいい発言」「禁句」みたいに紹介されているページがわんさか出てくる。

それでも、前向きな業務の改善提案として出てくるのであれば、我々もまだ受け入れることができただろう。しかし彼女の場合は、違っていた。彼女はこの言葉を、頼まれた仕事の拒絶理由やミスの言い訳として使っていたのである。

ちょっとした雑務を依頼したときに、「前の職場ではそんなことはやらされなかった」といって拒絶しようとすることはしばしばあった。そのたびに、「うちの職場では派遣社員にやってもらう仕事になっている」「前の人もやっていた」と説得するのに苦労した。

システムへの数値投入で派手なミスをやらかしたときに、「前の職場でやっていなかった作業だから間違えた」などとぬかしてくることもあった。でもその作業には、初心者がすぐにできるくらい懇切丁寧な記載がなされたマニュアルが用意されていたし、そこに間違いやすいポイントも書かれていたのである。

「前の人の方が良かった」

そんな彼女に、内心腹立たしさを覚えている社員はたくさんいた。でも、誰も何も言わなかった。今の職場での経験が浅いうちは、「前の職場」が基準になるのも仕方がない。こっちの仕事に慣れたらそのうち言わなくなるだろう。誰もがそう、思っていたからである。

ただ、そんな我々の淡い期待を、平気で裏切ってくるのが彼女でもあった。着任から三ヶ月が過ぎてもなお、彼女の「前の職場では」は収まる気配を見せなかったのである。

こうなってくると、一部の社員たちの間でささやかれ始めるのが「前の人の方が良かった」という話だった。

彼女の前任者は彼女とは真逆と言っていいくらいの存在で、頼まれた仕事はどんなものでも快く受けてくれたし、ミスもなかった。「前の職場では」を言い訳にするようなことも、もちろんなかったのである。

過去との比較を多用していた彼女自身が、過去と比較されるようになってしまったのだ。

「前の職場では」

そんな彼女にも、鉄槌の下る日がやって来た。

執行者は課長でも係長でもなく、彼女と同じ時期に異動してきた、入社三年目の若手社員だった。

それまで一度もその派遣社員に仕事を依頼したことのなかった彼が、初めて仕事を持って行ったのである。

内容は、年に一度行われる課内の備品チェックだった。作業自体は難しくないが、量が多くて面倒な仕事だ。

もちろん彼女は即座に、伝家の宝刀を抜いた。

「前の職場では、こういうのは社員さんの仕事でしたよ」

「あ、そうなんですね」若手は笑顔でうなづくと、彼女の話など聞いていなかったのように、机に備品のリストを置いた。「じゃ、お願いしますね」

「いや、あの、こういうのは社員さんがやった方がいいと思うんですけど」立ち去ろうとする彼を引き留めるように、派遣社員は声をかけた。

「どうしてですか? 備品調べてチェックするだけですけど」

「でも、前の職場では社員さんがやってらしたので」

僕の前の職場では、派遣さんがやってましたよ」と若手は言った。「それに、前の職場の話って今、関係ないですよね?」

その日を境に、彼女の「前の職場では」はぴたりと止んだ。

そして、着任からちょうど半年という短い期間で、別の人と交代となった。

後から課長に聞いたところによると、交代はこちらから依頼したのではなく、彼女自身の申し出によるものだったらしい。

その後

彼女のその後は、詳しくは知らない。

ただ一度、同期から電話がかかってきたことがある。

「あのさ、年イチでやる備品チェックってあるじゃん、お前のところってあれ、社員がやってるの? うちに来てる派遣さんが、『前の職場ではそうだった』って言ってるんだけど、前の職場って、今お前がいるところみたいなんだよな」

人間は、そう簡単には変わらないものらしい。

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