映画やアニメを見ていると、「地域の人たちとの温かな交流って、いいよね!」みたいなことを感じさせてくる作品に出くわすことがある。古くは『ALWAYS 三丁目の夕日』、アニメだと『たまこまーけっと』なんかがそうだ。
少し前に見た『夜桜四重奏 〜ハナノウタ〜』(2013年放送)も、その手の作品の一つだった。
物語自体は、「人と妖怪が共存する架空の『桜新町』を舞台に、そこで起こる様々な事件に少年少女たちが立ち向かう」というもの。
これだけを聞くと、あまり地域密着感はなさそうに思えるかもしれない。
でも実際には、舞台となる「桜新町(架空)」に対する、登場人物たちの強い思い入れが感じられる作品になっていた。
何しろ主人公の槍桜ヒメには、「女子高校生でありながら、桜新町の町長も務めている」という、特殊な設定が与えられていたくらいなのだ。
僕は単純な人間なので、こういう物語を見るとすぐに影響されてしまう。「地域とのつながりっていいな、自分もこんなつながりが持てたら楽しいんだろうな」と思ってしまうのだ。
ただ、じゃあそれですぐにネットで地元の自治会への加入方法を調べて、申し込みフォームに爆速で個人情報を打ち込んで送信ボタンを押すかというと、そうはならない。
大抵のモノゴトには表と裏、二つの側面がある。「すべてがバラ色で良いことばかり」なんてのは、「絶対儲かる投資話教えます!」とか言ってくるネット広告と同じくらいの、嘘っぱちでしかない。
「そこって、自治会とかあったりします?」
そもそも僕は「地域とのつながり」みたいなものには、なるべく近寄らないようにしてきた人間だ。
初めての一人暮らしに向けて部屋探しをしているとき、不動産屋に「そこって、自治会とかあったりします?」というアクロバティックな質問をかましたことがあるくらいなのだ。
質問を受けた不動産屋のお兄さんが一瞬見せた、「なんだコイツ」という顔が今でも忘れられない。
そりゃあそうだろう。戸建てやファミリー向けマンションを購入しようとしている、とかならいざ知らず、単身者向けのワンルームマンションを借りるのに、自治会の心配するヤツなんてそうそういるとは思えない。
でもそれも、何度か引越しを経験した今だからこそ言えることでもある。一人暮らし初心者だった当時の僕は、結構マジに心配していた。とにかく自治会とか町内会とかに、参加したくなかったのだ。
別に、深い事情があるとか、過去にとんでもなく嫌な目にあってトラウマになっているとかではない。会費をケチりたかった、というわけでもない。
もっともイヤだったのは、「時間を奪われること」だ。日曜日の午前中とかに「地域の活動」とやらに駆り出されて、週に二日しかない貴重な休日の四分の一が持っていかれたりするのがイヤだったのである。
そんな「時間の鬼」の僕に、整髪料でビシッと髪を固めた不動産屋のお兄さんは苦笑いで答えてくれた。
「ああ、まあそういうのは、今は大丈夫だと思いますよ」
「何が大丈夫なの?」とは、当時まだ若くて世慣れていなかった僕は聞けなかった。
それに、さすがに「自治会がないこと」が、物件選びの最優先事項とまではなっていなかったから、結局自治会についてはなんだかよくわからないままま、僕の初めての一人暮らしは始まった。
最初の一、二ヶ月は、インターフォンが鳴るたびにビクビクしていた。自治会の勧誘が、ついに来たのかもしれない。参加を強制されたらどうしよう。不動産屋のお兄さんは「大丈夫」とか言ってたけど、本当かどうかはわかったものじゃない。早く契約させるために、適当なこと言ってただけかもしれない。
そんな不安が尽きなかったからだ。
結果を言うと、その部屋に住んでいる間に自治会の勧誘は一度も来なかった。宗教とNHKは来たけど。
あまりに何もないので、実は自治会が存在していない地域なのでは? と思ったくらいだ。でも実際には、自治体はしっかり存在していた。ただ、積極的な勧誘は行っていないようだった。
その後僕は何度か引越しをしたが、どこに住んでも状況は同じだった。自治会自体は存在していても、加入を強く勧められるとか、強要されるようなことは、一度もなかったのである。
かくして、僕の「地域コミュニティキャンセル勢」としての立場は、めでたく守られ続けてきたのである。
少なくとも、これまでは。
「在宅勤務」によって変わった考え方
ここ数年で、僕の考え方は少し変わってきている。
これまで見ないふりをし続けてきた地域コミュニティに、もう少しかかわっていくべきなんじゃないかと思い始めているのだ。
変節の理由は、多分いくつかある。「年を重ねて丸くなったから」というのもそうだろうし、「長く住み続けたいと思える場所に、引っ越すことができたから」というのもそうだろう。
その中でも特に大きいのではないかと思っているのが、在宅勤務の影響だ。
コロナ禍以降、僕の仕事はフルリモートに近い環境で行うことが可能となった。自宅にいる時間は、必然的に長くなる。
特に変わったのは、平日の昼間だ。今まではほぼ未知の時空と言ってよかったその時間帯の自宅が、一転して当たり前の存在になったのである。
静まり返った自宅で一人パソコンに向かっていると、外から人の声や物音が聞こえてくる。
通りを歩く人の会話や、保育士に連れられて散歩する保育園児の声。午後になって聞こえてくる下校する小学生たちの呼び合う声や、近くで行われている工事の音、郵便配達のバイクや宅配の車の音なんかもそうだ。
そうした昼間の雑多な音に囲まれていると、「これまで自分が職場にいる時間にも、街や地域はしっかり動いていたんだなあ」と感じる。と同時に「その中にいる自分も、地域の一員である」という自覚が、不思議と芽生えてくるのだ。
自分の住んでいる地域を、少しでも良いものにしたい。そのためにできることがあるなら、貢献したい。
今では、結構本気でそう考えるようになっている。
不動産屋に自治会の存在を聞いていた頃の自分が聞いたら、耳を疑う話だろう。
もっとも、じゃあそのために自治会に加入するのかというと、そこまでまだ踏み切れてはいなかったりするのだけれど。