
※タップすると楽天のサイトに移動します。
「攻殻機動隊」のアニメ化作品には、少し変わったところがある。
士郎正宗による漫画を原作としていながら、必ずしも原作に忠実ではない点だ。
漫画を原作とするアニメ化作品の場合、どうしても原作の影が付きまとう。「原作をどう再現しているか」といった部分に目が向きがちだからだ。
原作に忠実でない「攻殻機動隊」は、この呪縛からある程度は解放されている。
原作を無視している、ということではもちろんない。「攻殻機動隊」のアニメ化作品には、
- 押井守の劇場版
- 神山健治の「S.A.C」シリーズ
- 黄瀬和哉の「ARISE」シリーズ
という3つが存在するが(S.A.Cは「Stand Alone Complex」の略)、ネットワークの張り巡らされた近未来の超高度情報化社会が舞台となっている点や、
- 身体の一部、もしくは全部を機械に置き換える「義体化」
- 脳にマイクロマシンを注入して直接ネットに接続できるようにする「電脳化」
が当たり前となった世界というところはどの作品でも同じだし、主人公草薙素子や荒巻大輔、バトーやトグサといった主要登場人物たちが「公安9課」とつながりを持っている(ほとんどの場合、9課に所属している)という点も共通している。
しかし一方で、細部の設定になると原作とアニメとではいくつも違いが見えてくる。また、世界観や登場人物が同じであっても、ストーリーは原作を再現したものとはなっていない。この違いは各アニメシリーズ間でも同じで、例えば草薙素子が全身義体になった理由について、「S.A.C」シリーズでは幼少期の事故とされているが、「ARISE」シリーズでは生まれる前に起こった出来事の影響とされていたりする。
「攻殻機動隊」の場合、原作とアニメは別物と考えるのが適切だろう。アニメは原作をベースにしたオリジナル作品と言ってもいいくらいだ。
そのため、一般的な作品で行われる原作との比較や再現度の確認は、「攻殻機動隊」のアニメ化作品においてはあまり意味を持たない。それは本作『攻殻機動隊ARISE ALTERNATIVE ARCHITECTURE』でも同じで、むしろ原作をどのように解釈しているか、という視点を活用した方が建設的と言える。
『攻殻機動隊ARISE』と他のアニメシリーズとの比較
アニメ化されている作品が複数ある場合も、互いが比較の対象となり得る。
「攻殻機動隊」には既に書いた通り3つのアニメ化作品が存在する。その中でも「ARISE」は、最も遅くにアニメ化された作品だ。
- 押井守の劇場版:1995年
- 「S.A.C」シリーズ:2002年
- 「ARISE」シリーズ:2013年
最も早い押井版とは、実に18年もの開きがある。これだけ見ても、「攻殻機動隊」がいかに息の長い人気作であることかがわかるだろう。それだけに、過去の作品でできあがったイメージは強い。
「ARISE」シリーズがキャストとキャラクターデザインが一新したのは、それを払拭する目的もあるのかもしれない。過去作との違いをはっきりさせるのに、これほどわかりやすい方法はないからだ。だが一方で、これは諸刃の剣でもある。劇的な変化は、ファン離れを引き起こしかねない。
特に、主人公草薙素子のキャストとキャラクターデザインまで変更しているのは大きい。「ARISE」以前の作品で素子を演じた田中敦子は、まさに「はまり役」だった。草薙素子は「攻殻機動隊」の象徴的な存在でもあるから、ここを変更するということは、『機動戦士ガンダム』において、アムロ・レイやシャア・アズナブルのキャストを変えるのと同じくらいのインパクトがある。
キャスト・キャラクターデザイン変更の影響
本作『攻殻機動隊ARISE ALTERNATIVE ARCHITECTURE』が、私にとって最初の「ARISE」シリーズとなったのだが、視聴以前の一番の懸念もここにあった。キャストとキャラクターデザインを変更してしまったら、それはもう別のキャラクターになってしまうのではないか。
しかしそれは杞憂に終わった。少なくとも『攻殻機動隊ARISE ALTERNATIVE ARCHITECTURE』という作品を見た限りにおいて、「草薙素子」はやはり「草薙素子」だったからだ。
思ったより影響が小さかったのは、キャスト変更の方だった。不安はこちらの方が大きかったのだが、予想が外れたことになる。「話数を重ねることによって耳が慣れた」というのではない。『攻殻機動隊ARISE ALTERNATIVE ARCHITECTURE』はそもそも10話しかない作品ではあるが、第1話から既に違和感はなかった。
これについて、まず第一に役者の技量によるところが大きいだろう。新たな素子役となった坂本真綾の演技には、田中版を意識しているようにも感じられる(余談だが、坂本は押井版及び「S.A.C」シリーズにおいて、若年期の草薙素子を演じている)。
過去作との違いを示すなら、田中版とはまったく違った演技を見せるべきだったのかもしれない。ただ、そこまでの冒険はやはりリスクが大きい。それにそうなってしまうと本当に、「攻殻機動隊」でも「草薙素子」でもなくなってしまう。
そしてまた、キャスト変更の違和感が軽微だったことが、キャラクターデザイン変更の影響を和らげてくれてもいた。一見して明らかなように、こちらは大きく変更されている。しかし、声や語り口がこれまで通り(厳密には違っているが)であることで「見た目が違っていても、やはり草薙素子だ」と感じさせてくれるからだ。
「容姿は変更可能」という認識
草薙素子のキャラクターデザイン変更は、やはりインパクトが大きい。他の主要登場人物もデザインが変更されているが、素子が一番大きく変わっているのではないかと思う。過去作と比較すると、まるで別人だ。
その割に、そこまで大きな違和感がなく、またキャスト変更ほど視聴前に不安も感じなかったのは、1つには「攻殻機動隊」において、容姿は変更可能なものという意識が働いていたからかもしれない。
その1番の要因となっているのは、義体化だ。「攻殻機動隊」では義体を乗り換えることで、容姿をまったく別のものとすることができる。同じタイプの義体を使用することで「容姿がまったく同じ別人」を作り出すことも可能で、実際『攻殻機動隊ARISE ALTERNATIVE ARCHITECTURE』でも、そうした人物が登場している。
さすがに主要登場人物たちが頻繁に義体を乗り換える、というような事態は本作でも過去作でも発生していない。ただ、容姿が変わり得るということを「攻殻機動隊」のファンは知っているし、慣れてもいる。草薙素子のキャラクターデザイン変更をすんなり受け入れられたのも、そうした下地があったからだろう。
「ARISE」における素子の姿についても、過去に使っていた義体の1つというような解釈が頭のどこかでなされていたのかもしれない。それがキャラクターデザイン変更のインパクトを小さく見せていたように思う。
描かれているのは「公安9課」以前
キャラクターデザイン変更の影響を、それほど大きく感じなかったもう1つの理由は、描かれている時代の違いだ。
「ARISE」で描かれているのは、素子たちが公安9課に所属するよりも前の時代になっている。過去作の時代設定は9課所属以降だから、後発でありながら、時系列としては過去作よりも前、ということになる。
時間の経過による容姿の変化に、不自然さを感じる人はいない。人は誰でも年を取るからだ。これは、裏を返せば描かれている時代が違えば、容姿が違うことも素直に受け入れられるということでもある。
「ARISE」で描かれている公安9課以前の時代は、過去作とは描かれている時期が重ならない。
このため、キャラクターデザインが大きく変更されていても「時期(時代)の違い」という緩衝材が働いて、その違いを許容することができたように思う。
「攻殻機動隊」の過去作とはどの作品?
後発である「ARISE」との比較対象として、ここまで漠然と「過去作」という言葉を用いてきた。
だが既に紹介した通り、「攻殻機動隊」は「ARISE」以前にアニメ化された作品が2つある。
- 押井守の劇場版
- 「S.A.C」シリーズ
押井守と「S.A.C」シリーズの監督である神山健治は師弟関係にあるが、だからといって劇場版と「S.A.C」設定が共通しているということはない。むしろ違いは大きく、押井版を第2、「S.A.C」シリーズを第3の「攻殻機動隊」と呼ぶこともあるくらいだ(第1はもちろん、士郎正宗の原作)。
「ARISE」以前の「攻殻機動隊」と聞いて、どちらが最初に頭に浮かぶかには個人差がありそうな気がする。私の場合は「S.A.C」だった。そうして思い返してみると、ここまで明確な定義もせずに記載してきた「過去作」という言葉も、実際には「S.A.C」シリーズのことだったと気が付く。
「攻殻機動隊」の原典が、原作漫画であることには疑いの余地がない。
だが、その原作を含めても、「攻殻機動隊」と聞いて一番最初に浮かぶのはやはり「S.A.C」シリーズだ。同じ感覚を持つ人は少なくないのではないか、という気もしている。
「ARISE」シリーズの最新作は、2015年公開の『攻殻機動隊 新劇場版』だ。一方「S.A.C」は、これより後の2020年にWebアニメ『攻殻機動隊SAC_2045』がNETFLIXで配信されている(シーズン2は2022年)。
こちらのキャストは「ARISE」以前に戻されており、草薙素子は田中敦子が演じている。
攻殻機動隊ARISE ALTERNATIVE ARCHITECTURE
放送 | 2015年 |
話数 | 全10話 |
制作 | Production I.G |
総監督 | 黄瀬和哉 |
監督 | むらた雅彦 竹内敦志 黄瀬和哉 工藤進 |
シリーズ構成 | 冲方丁 |
脚本 | 冲方丁 藤咲淳一 |
キャスト | 坂本真綾 塾一久 松田健一郎 新垣樽助 |