『白い砂のアクアトープ』感想・レビュー|設定の背景を想像しながら、「現代的な課題」への共感を楽しむ作品

白い砂のアクアトープ
P.A.WORKS 2021
監督:篠原俊哉
シリーズ構成:柿原優子
キャラクターデザイン:U35(原案)・秋山有希
音楽:出羽良彰
キャスト:伊藤美来・逢田梨香子・和氣あず未・土屋神葉・阿座上洋平

P.A.WORKSの「お仕事シリーズ」第四弾に位置づけられているのが、本作『白い砂のアクアトープ』です。

P.A.WORKS「お仕事シリーズ」
  1. 花咲くいろは』(2011年)
  2. SHIROBAKO』(2014年)
  3. サクラクエスト』(2017年)
  4. 白い砂のアクアトープ』(2021年)

「お仕事シリーズ」とは、その名の通りお仕事ものです。「働く女の子シリーズ」と呼ばれることもあります。

主人公が高校生なので、「本当にお仕事もの?」と疑いたくなるかもしれません。でも、振り返ってみれば、「お仕事シリーズ」の元祖にあたる『花咲くいろは』も主人公は高校生だったんですよね。

花咲くいろは』では学校生活の方もそれなりに描かれていましたが、本作では控えめでした。これについては、本作の前半に描かれていたのが夏休み中の出来事だから、ということもあったかもしれません。朝から仕事をしている日も多く、そのため主人公海咲野(みさきの)くくるたちが高校生であることは、ほとんど意識に上りませんでした。そのため、「お仕事ものなのに、主人公が高校生」というところは、本作ではまったく気にならないと思います。

ただ一方で、より「お仕事もの」らしさが出ていたのは作品後半である、というのも事実でした。

これについては、作品前半と後半でがらりと環境が変わる、という本作の特徴が大きく関係しています。

ですので、もし本作に興味を持って見始めたら、途中で離脱せず最後まで見ることをおすすめします。前半で見るのをやめてしまうと、『白い砂のアクアトープ』の本当の良さがわからないと思いますね。

宮沢風花の奇妙な立ち位置

東京でアイドルをしていた宮沢風花が、アイドルを引退して故郷に帰る直前、ふとしたきっかけから予定を変更し沖縄に向かう、というところから『白い砂のアクアトープ』は始まります。

風花は言ってしまえば、夢破れて故郷に戻ろうとしていたわけです。

その心は当然、傷ついていますよね。

そんな風花が南の島を訪れるわけですから、その後の展開で期待されるのは彼女が癒されていく姿です。

ところが『白い砂のアクアトープ』では、そうなってはいないのですね。

あてもなく訪れた沖縄で、風花はくくると出会います。くくるは高校生ですが、祖父(おじい)が館長を務める「がまがま水族館」で、館長代理として働いてもいます。

くくるにとって「がまがま水族館」は、単なる職場以上の存在です。亡き両親との思い出が詰まった大切な場所であり、「夢そのもの」と言ってもいいくらいの存在。でもその「がまがま水族館」は、設備の老朽化のため閉館が決まっています。

自らの夢を守るため、くくるは奮闘します。そんなくくるを支えるのが、「がまがま水族館」でくくるたちと一緒に働かせてもらうことになった傷心の風花になっているのです。

この立ち位置自体は、風花自身が望んだものでもあります。したがって、ネガティブに考えるようなものではないのですが、それでも本来なら風花は、癒され、支えられる側になってもいいはずですよね。

それが、まったくの真逆となっている。

この風花の少々奇妙な立場というのは『白い砂のアクアトープ』という作品の一つ、おもしろいところだと思いました。

そしてまた、これを可能にしているのが、「元アイドル」という風花の設定でもあります。

「元アイドル」という風花の設定

「アイドルの夢破れた少女」という場合、大きく分けて次の二つのケースが存在します。

  • アイドルを目指していたけれど、アイドルになれなかった
  • アイドルとしてデビューはできたけれど、続けられなかった

風花は「元アイドル」ですから、当然後者です。

ただ、一般的には「アイドルの夢破れた少女」という場合、前者のイメージの方が強いような気もするんですよね。

それに、風花のこの設定、物語の中であまり生かされているようにも見えません。「アイドルを目指していたが、なれなかった」でも、良さそうに見えてしまいます。

それでもなお、風花が「元アイドル」になったのは、何故なのか。

ここで大事なのは、「アイドルとしての活動を経験している」というところだったんじゃないかと思います。

白い砂のアクアトープ』が描いているのは、「一つの夢が終わって、次に向かう人の姿」です。

そうした人を描くのに必要なのは、終わった夢を経験していること。

やってみて駄目だったとわかるのと、やらないで駄目だと諦めてしまうのとでは、次に向かう姿勢がまったく違いますからね。前の夢に未練を残さないためにも、経験しているということは非常に重要です。

そういう意味で、風花はやはり「元アイドル」である必要があったのだろうと思います。

そしてこの設定があるからこそ、くくるの夢を支える立場に回ることに不自然さを感じさせなかったのだという気もするんですよね。

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くくると風花の擬似的な姉妹関係

くくると風花の適度な距離感も、『白い砂のアクアトープ』で好感を持てたところです。

二人は互いに互いを必要し、思いやっている。でも、それは相互に依存しあっているというわけではないのですね。強い絆を感じさせながらも、程よい距離を保っています。

その関係は、姉妹と呼ぶのがふさわしい。くくるの夢を支えようとする風花の姿は、まさに姉そのものと言っていいものでした。

この擬似姉妹関係、本人たちにも自覚があるようで、それについて言及するセリフも作品の中に登場します。

くくると風花は同い年

ただ、これは作品を見ているときも忘れそうになるのですが、くくると風花、実は同い年なんですよね。

本作未視聴の方からすると、「同い年なのに、姉妹?」と違和感を訴えたくなるところかもしれません。でも、実際に作品を見てみると、不自然さは感じないのですね。

理由は、「くくるの出生の秘密」にあります。

どんな秘密なのかは、ここでの紹介は控えますが、これがあることで、年齢に対する違和感を吸収できていました。

短い期間で築かれる絆

くくると風花の絆が、それほど長い期間を経て育まれたものでないことも、異を唱えたくなるところかもしれません。

「姉妹のような関係」の定番と言えば、幼馴染ですね。小さい頃から時間を共にすることで、自然と姉妹のような関係が生まれていく。

でも、二人の場合はそうではありません。風花がくくると初めて出会ったのは、風花がアイドルを引退した直後ですからね。どちらも既に高校三年生ですから、どんな拡大解釈を試みたところで幼馴染とは呼べないでしょう。

共に過ごした期間が長いのかと、言えばそうでもない。二人の擬似姉妹関係確立に要した時間は、約一ヶ月です。むしろ、短いくらいです。

ただ、これについては長ければいいわけではないですよね。短期間で深まる関係だってあります。

白い砂のアクアトープ』は、まさにそれでした。くくると風花の見解を深める仕掛けとして、本作では二人の同居が用意されています。「がまがま水族館」で働く間、風花はくくるの家(正確には、くくるの祖父の家)に泊めてもらうのですね。

寝食を共にすることで、時間の密度はぐっと高まります。くくると風花は、寝る部屋まで一緒ですからね。共に過ごした一ヶ月がただの一ヶ月ではなく、二人の距離が短い間にぐっと縮まることを、自然と受け入れられるようになっていました。

何故「姉妹」なのか?

くくると風花の「特別な関係」は、『白い砂のアクアトープ』という作品の芯になる部分でもあります。

しかしながら、ここで一つ疑問に思うこともあります。

二人の関係を、わざわざ『姉妹』にする必要があったのか?」という点です。

「互いに相手を深く思いやる関係」は、姉妹に限ったものではありません。「特別仲の良い友達同士」でも、それは成立したでしょう。むしろ、そちらの方が自然だったかもしれません。「擬似姉妹」というのは、かなり特殊な関係ですからね。くくると風花が同い年であることも考えると、なおさらです。

これについて、色々考えられることはあると思います。

最もシンプルなものは「くくると風花が姉妹なのは、それだけ二人の出会いが運命的なものであり、友達の枠には収まりきらないものだからだ」というのものでしょう。シンプルとはいえ、これはこれで間違いではないと思います。

短い期間で二人を近づけるために必要な仕掛けだった、ということもあるかもしれません。相手を姉、もしくは妹として意識すれば、当然親しみは湧きやすくなります。それによって、普通の友達関係よりも早く距離が縮めやすくなる、ということはあるでしょう。

また、これはやや曲解し過ぎなのかもしれませんが、姉妹を意識させることで同性愛的な想像を排除する、という効果もあったようにも思いました。

互いが互いを必要とし、相手を思いあうくくると風花の密接な関係は、恋人同士に見立てられなくもないですからね。「姉妹」を意識させることで、邪念が混入するのを防ぐことはできます。

くくると風花の関係は、恋愛ではなく姉妹愛に基づくものなのだ、と考えることができます。

「百合的な妄想」は本作にはそぐわないように思うので、これは一つ効果的だったと思いました。

「現代的な問題」を取り上げている

白い砂のアクアトープ』でもう一つ目を引いたのは、現代的な問題を取り上げているという点です。

具体的には、次の二つですね。

  • 配属のミスマッチ
  • 仕事と子育ての両立

配属のミスマッチ

配属のミスマッチとは、簡単に言うと「就職先で、希望した部署に配属されなかった」という状態のことです。

これ自体は昔からある話ですが、近年は「配属ガチャ」と呼ばれることもあり、就職を控えた学生の間で問題視されています。

就職する側からすると、もっともな話だと思います。やりたい仕事があって就職したのに、畑違いの部署に配属されてはたまらないですよね。

白い砂のアクアトープ』では、登場人物の一人にミスマッチを発生させることで、この問題を取り上げています。

と言っても、この問題に対する特効薬のような解決策を提示してくれる、ということではありません。

この問題に関する内容は、非常にオーソドックスなものでした。

雇用側が希望と違う部署に配属した理由も、登場人物がミスマッチに対してどんな心構えで乗り越えていくのかにも、目新しいところはありません。

しかしオーソドックスであるだけに、共感はしやすいと思います。

配属のミスマッチに直面した登場人物の戸惑いと悩みは等身大のものですし、それを乗り越えていく過程も、王道であるだけに好感が持てるものになっていました。

仕事と子育ての両立

白い砂のアクアトープ』の主要登場人物の一人に、シングルマザーがいます。

小さな子供を育てながら仕事をしている彼女には、苦い経験があります。希望だった水族館への就職が叶ったにもかかわらず、周囲から子育てへの理解が得られずに退職せざるを得なかったことがあるのですね。

仕事と子育ての両立に、職場の理解が必要というのは、何もシングルマザーに限った話ではありません。共働きの家庭にも共通して言えることです。

仕事をしながら子育てをしている人が増えていることを考えると、これもまた現代的な問題と言っていいでしょう。

幸いにして、現在の職場では周囲の理解を得ることができ、仕事と子育ての両立が可能になっている彼女ですが、こうした問題をクローズアップしているというところも『白い砂のアクアトープ』という作品の一つの特徴であると感じました。

最後に

「お仕事シリーズ」では、どの作品にも心に残るセリフが登場しますが、本作にもしっかり出てきました。

特に印象的だったものを、二つ紹介しておきます。

「〇〇も一度、自分の仕事に集中してみたら? 本気でやってみないと、仕事の醍醐味もわからないよ」

「選んだ道を、自分の力で正解にしてあげなさい」

どちらも、「配属のミスマッチ」を取り上げた作品の王道といっていい内容です。でも、王道だからこそ共感もできました(なお、一つ目の○○は伏字で、実際にはある登場人物の名前が入ります)。

それと、これはP.A.WORKS制作なので言わずもがなかもしれませんが、本作もまた、背景が非常に繊細で、美しい作品でした。

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この記事を書いた人

アニメとサッカーを見るのが好き。
累計視聴数は400本を超えていて、今も増え続けています。

作品を見て、感じたこと、考えたことを書いています。